高卒認定試験の対策なら個別指導のJ-Schoolへ

合格者インタビュー

林 智樹様 林 智樹様

高校中退からプロボクサー、高認合格で法政大学法学部へ。
180度の転換に見えますが、それは好きだったボクシングで燃焼した魂の「再生」のようです。
高校中退からプロボクサーを経て、次のステップのためにJ-Schoolで受験学習し、高卒認定合格!
林 智樹さんの将来はまた広がっています。

東京でプロボクサーとしてデビュー
高校は、地元の農業高校に入学したのですが、2年生の春に辞めてしまいました。
今思うと、高校時代は遊んでばかりでした。バイクが好きだったのでヤンチャなこともしていました。
高校を辞めることを親にはけっこう反対されました。
父には「あと、1年行ってみろ」と言われました。母には最初こそ反対されましたが、最終的には「好きなようにやりなさい」と理解してもらえました。なんとなく高校を辞めたので、次に何をしようということもなかったです。辞めてから約1年間は、知り合いだった地元の建築会社の社長さんにお願いして、そこで働かせてもらいました。

働いて1年経ったころから、好きだったボクシングを本格的に始めたいと思って、アルバイトにかえてボクシングジムに通うようになりました。
20歳になって、東京に出てボクシングでプロになれたらいいと思ったのです。東京に来てからは、水産加工会社でアルバイトしながら、夕方にジムに通っていました。遊ぶということもほとんどなく、生活はずいぶん変わりました。
プロライセンスは、思ったよりすぐに取れ、試合に上がったのは、それから1年後の2008年のことです。
普段は60キロぐらいの体重なのですが、階級はバンダム級なので、試合の際は53キロまで体重を落とします。減量のきつさを思えば、いまでもかなりのことが我慢できると思っています。
本当にきつい部分もありましたが、これで本格的にプロになれると思い寝られないほどうれしかったです。親にもライセンスが取れたとか、試合があるとか、連絡を取って、試合結果を喜んでくれました。

父の言葉が頭にあり、大学進学をしようと考えた…。
08年から09年までの間に、プロで6 試合を行い、戦績は4勝2敗でした。6勝でないとどうしようもないと思いました。3戦目まではすべて勝っていたので、自分が強いと勘違いしていたのかもしれません。
その後、負けて勝ち、6試合目はけっこう自分を追い込んで練習して体調も良かったのですが、結果は判定負けでしたが、相手が強かったから負けたのですが、初めて負けたことが悔しくなかったんです。
スッキリした気分でした。林 智樹様写真
"リングに立つことはもうないな・・・"と自分の中の火が消えたようでした。

ボクシングがなくなってみると、いままでは自分が落ちていくだけだと思い、できたら大学に行きたいと思いはじめ、それまでの路線とは違うのですが、法律を勉強したいと思ったのです。
できれば法律関係の資格である宅建や司法書士も取ろうと思います。将来は自分の事務所ということも考えています。
父は会社員ですが、宅建を持っていて、どんな資格でもいいから持っていた方が良いと、それが頭に残っていました。

ボクシングをしているときは、まったく思い浮かばなかったのですが、そのために、大学進学をしようと考えました。
「高卒認定」という言葉は知っていたので、その言葉をネットで探してみたら高認という制度になっていることを知りました。ネットでJ-School のことを知り、体験学習に参加し、個別指導で勉強できるので、ここなら勉強できると思いました。

高校のころ嫌いだった勉強も不思議となつかしい!
9月から11月の高認試験を目指して、パソコン講義をずっと受けていました。それがとてもわかりやすかったです。J-SchoolはWebにより自宅学習もできるのですが、僕の場合はパチンコ店で働きながら毎日6時ぐらいにJ-School に来て夜9時半ごろまでやっていました。土日にも来て、教えてもらうこともありました。

働いたあとに来るので、疲れるかと思いましたが、意外に楽しかったです。高校時代は、あんなに嫌だったのに不思議と何か懐かしいと思いました。
免除科目は現代社会だけだったので、11 月の試験で7 科目を受験して数学と英語以外の5 科目に合格しました。

数学は苦手だったので後回しにしました。何でもやり出すと、とことんやるほうだと思います。
勉強を再開して、改めて地学と歴史が好きになりました。

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